ごみ箱の話をする度に思い出す前の会社のこと

2018年5月18日 | からふみ | ファイル: しごと, 日記.

新入社員が配属されてきて、丁度二年前私の弟子になった子が教育担当をしている。私は異動してしまったから仕事を直接教えることはもうおそらくないけど、なんとなく気になってしまい、事務所でウロウロしていたら声を掛けるようにした。今週の頭に来たばかりのその新入社員くんは、ごみの捨て方のルールがわからなくて困っていたようだった。

「缶びんペットと燃えないごみ、お弁当とかのごみは給湯室のごみ箱に入れてね。デスクの横の各自のごみ箱は書類以外の、たとえばティッシュとかレシートとかお菓子の空とか、そういう軽い物を入れてね」と言ったところ、新入社員くんに「このごみ箱は朝来ると空になっているんですけど、どういうルールになっているんですか?」と聞かれて、はっとなって思い出した。前の会社のこと。

私は新卒で東京へ行って、自分の席が自分の会社の事務所にあったのは1か月かそこらで、その後はいわゆる「現場」に行くことになった。IT業界ではなぜかSEとして働く客先のことをそう呼ぶ。「IT土方」だからそう呼ぶのか、そう呼ぶからIT土方なんて呼ばれるのかは知らない。

少しの間だけ研修所みたいなところにいて、その後は都心の現場に行くことになった。最初はタダでいいですからと先輩のバーターで押し売りされた現場だったけど、少し経ってもずっと仕事が続いているので不思議に思ったら、40万くらいで発注されたと聞いて嬉しかった覚えがある。それまでタダだったってことは、自分のお給料分も稼げてないってことだったから。二次請けだったので、設計書を書いてもテスト仕様書や報告書を書いても最終的には一次請けの名前で出されることになり(当然なんだけど)、あの現場にはソースコードにべた書きされた履歴の中に私のイニシャルだけが残っている。

リーマンショックがあってその現場を退場した頃、父親が癌を患ったので私は北海道へ戻る希望を出した。仕事で使ってたのは下請プログラマとしては潰しのきかない言語だったので会社は困ったみたいだったけど、所詮は北海道の中小企業なので(今の会社ではもちろん考えられないことだけど)私は社内で英語の成績がトップであったため、携帯電話の部署へ配属されて英語の仕事をすることになった。

その部署は悉く若手が居つかない謎めいた部署だった。私の一つ上も同期も、そこから下も全員辞めている理由がわからなかったけど、行ってからずっと親切にしてくれた後輩の女の子から話を聞いてすぐにわかった。

その部署ではなぜか、色々な雑務は全て若手の仕事なのに「それは業務じゃないよね?」という変なルールで勤務時間として申告を許されていなかった。今思うと理不尽でしかなくて全然意味が分からないことだけど、それが長年ずっと続いていたみたいだった。

毎週金曜日の夕方に、若手の社員が各人のデスクを回ってごみ箱のごみを集めて、何袋にもなったごみをエレベーターで1Fの集積場に運ぶ。
自販機が高いからみんな困るっていうわけのわからない理由で(コンビニと同じ値段なんだけど)、24缶入りの飲み物を何種類もまとめて買ってきて1階に配達してもらい、3フロア運んで何本か冷蔵庫に入れて集金用の貯金箱から代金を回収する。
女子社員から集金したお金で部署全員の男性社員用のチョコレートを買う。単品を買えるような集金はできないから、箱入りの個包装のロイズを買ってきて、100均のラッピング袋も買ってきて、50個近く袋詰めする。

その時はそういう決まりだから!って言われて嫌だなって思いながらやってたけど、あらためて書き出してみると本当に意味が分からなくてびっくりする。何なら今の会社で同じことをさせたら、パワハラとかセクハラのホットラインにさくっと通報で一発アウトになると思う。

子供じゃないんだから自分の席のごみは自分で集合用のごみ箱に捨てさせればいいことだし、集積場まで運ぶのは当番制にすればいい。千歩譲って若手がやることにするとしても、それは会社の仕事として働いたんだから、ふつうに勤務時間でしょ。
飲み物なんか自分でスーパーで買って自宅から持ってくればいいんだし、自販機で買えよっていう。それが嫌なら黙って水飲んでなさいよ。
バレンタインチョコ?廃止だ廃止。やりたい人がいるなら個人的にやればよい。

少し大人になって、数は少ないけど複数の現場を経験して、何より「それが当たり前じゃない世界がある」ってことと「理不尽だと思うことは文句を言っていい」ってことを知ったから今こんな反論が書けるけど、あの時は不思議と、一段落上に書いたようなことを提案して変えようとしたりするってことができなかった。思いつきもしなかったのか、許されなかったのか、とにかく毎日が苦痛だったからあの頃のことはよく覚えていない。でも「知らなかった」ってことが大きいのかもと今なら思う。

IT企業を名乗る割には旧態依然とした年功序列がやばくて(特に札幌がすごかった、東京は仕事の引き合いがないと現場に行けないので、個人の能力値が不可抗力で見える化されていて、自然と能力主義みたいな雰囲気があった)、先輩の言いつけることは絶対で、みたいな部署だった。

なんかの法律では○時間労働すると30分休憩を取ることになっているらしく、例えばその会社では定時から22:00まで働くと30分休憩をすることになっていた。勤怠は30分刻みだったから、22:59まで働いたら22:00までだからね。って言われてた。これも今思うと立派なパワハラだろ。みんな44時間30分で勤務は止まっていて、その後はエクセルにつけていた。エクセルに書いた分はとうとう払われることなんかなかったけど。

その環境になじんでたり、もう「若手」じゃなくなったらもしかして「アットホーム」って言い換える人もいたかもしれないけど、もう雰囲気っていうか空気が重苦しかった。
その事務所には半年くらいいたんだけど、お客さんが私のことを気に入ってくれたみたいで、気持ちを病んでいきなり飛んだセンパイの後任でその現場に行くことになり、あの事務所を出られることになった時は本当にうれしかった。もう戻ってきたくないなーって思ってたら、本当に戻らずに辞めることになった。

札幌の現場も、東京の現場も、ごみ箱は朝来たら空になってた。

何が言いたかったかっていうと、ブラックにいる間ってブラック以外の環境を知らないとそれが当たり前だと思っちゃうんだよね。
でも、知ってたらもっと苦しかったかもしれないなとも思う。知らないことっていうのは、ある意味幸せでもある。既に知っている人から見ればかわいそうだと思うかもしれないけど。苦しくない環境を知っている人が苦しいところにおかれるとつらいけど、ずっと苦しいしか知らない人は「苦しくない」って状態を知らないから。

ゴールデンウイークあたりにこの記事を読んで、ぼんやりと「職場もそうだよな」って思ってたところだったので、つらつらと思ったことを書いてみました。

知らないものは選べないー田舎から東大へ進学した経験からの考察とその反応

低学歴と高学歴の世界の溝

私のいる世界

新入社員くんには「夜の間に妖精さんがね……っていうのは冗談で、日中に会った事あるかもしれないけどお掃除の業者の方が朝に集めて捨ててくれるんだよ」って言った。

この子も私の弟子も、勤務時間とみなされない中で先輩のごみを集めて回らされる人生はきっと知らないままなんだろうな…と思うと少しだけ羨ましい気もするけど、他の世界を知らないが故に何も思いつくことが出来ないっていう環境があるってことと、朝になったら空になるごみ箱や夕方にきれいになっている給湯室の三角コーナーは当たり前なんかじゃなくて恵まれてるってこと、両方を知ることができた私に少し深みが出たらいいなって思っている。


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